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超自我の囁き

個人的に読んだ本の感想と考えたことを書きます。

自意識をこじらせてしまった全乙女のためのおすすめ漫画~繋がる個体(山本中学)~

 

 皆さんは、好きな人に好きと伝えることができますか?
 「この人が好きだ」と、誰に恥じることもなく自覚することができますか?
 人の好意を、(異性であれ、同性であれ)素直に受け止めることができますか?
 

 


 私はできません!!!(断言)
 家族以外の誰かに愛されたい、誰かの一番になってみたいと思いつつも、その願いを口にすることもできなければ、自分の気持ちを認めることすらできない。
 この精神が如実に表れたエピソードがこちらになります。

 

 あれは忘れもしない、大学2年生になった夏のこと(多分……うろ覚えですが)。中学時代から通っている美容室で、その日はカラー、カット、トリートメントという美容室満喫フルコースをオーダーしていました。

 いつもより施術の時間が長いからか、美容師のAさん(30代・男性・既婚・子持ち。眉マスカラに興味を示す若干オネエっ気あり)と私はいつもよりパーソナルに踏み込んだ話を展開していました。いつもはあまり話をしない私を気遣ってか、何気ない話題を投げかけてくれていたAさんですが、長時間同じ空間にいるという和やかな雰囲気がそうさせたのか、ついに禁断の質問を私に振ったのです。

「彼氏とか欲しいって思わないの?」

 そうくるか、Aさん。そこに切り込んでしまうか、Aさん。
 瞬間、確かに先ほど胃に収めたはずのシューアイスが込みあがってきました。おいしいから、と2こ目も勧めてくれたシューアイス。まんまと食べたシューアイス。こんなことでえずきそうになるとは、プロこじらせの風上にも置けませんね。
 適当に誤魔化すか、本音を言ってしまおうか。瞬間、シューアイスの糖分を利用して突然頭がフル稼働。本音を言うことで生じる、今後の関係性への影響。誤魔化しきれるかという、一連の会話のシミュレーション。両者を天秤にかけ、ちっぽけな私の頭がはじき出した結果は、「ええい、ままよ!めんどくせーし、もう言ったれ!!」でした。

「いやー、なんか私なんかが好きになったら、相手に迷惑だなって思うんですよね!!」

 だはは、と勢いよく笑いながら鏡越しにA氏の表情を伺うと、いつにもましてポーカーフェイス。
 その時、私はなんとなく感じていた「私のこの感覚は常人には理解されないのかもしれない」という思いを、明確なものとして昇華させました。

「ごめん、そんなこと言われたことないから、どう返してあげればいいか分からないけど……」

 ……心が砕ける音とは、案外きれいなものですね。
 Aさんよ、そう思ったのなら話題を流して欲しかった。
 
 それ以来、なんだか愛や恋に対して異常に臆病な自分を、他人に曝け出すことに躊躇してしまいます。
 「こんなこと、私しか考えてないのかなあ」、なんてネガティブ選民思想に浸って大学時代という人生最大の青春は終わりました。
 そんな私が大学を卒業してから1年後、出会ったこの漫画。

 

 山本中学さんの「繋がる個体」。(前振りが長くて、すみません)
 モーニングさんの書籍紹介サイトはこちら。冒頭部分を読むことができます。
 

morning.moae.jp

 

あらすじ

 主人公の井口正行は30歳。記念誌専門の出版社で働く、真面目なサラリーマン。同じ職場で働く澤くるみと別れて5年、二度目の童貞期を過ごしつつくるみへの想いを捨てきれず。
 そんなある日、同僚の誘いで数合わせとして参加した合コンで、超絶かわいい女子高生ココちゃんと出会う。何故か好かれ、積極的にアピールしてくるココとくるみの間で揺れる井口。
 ある時、くるみとココが姉妹だと知って――?

 

 
 全4巻ですが、1・2巻と3・4巻では実質的な主人公が違うため、今回は1・2巻について述べたいと思います。
 この漫画には、私のような鬼面倒くさい自意識をこじらせてしまった人間に刺さりまくるセリフが出てきます。

 

 一つ目がこちら!
 

「欠陥品の自分と好きな人の人生を繋げるわけにはいかないの!」

                  澤くるみ 繋がる個体1巻 P177

 

 

 元彼、井口といい雰囲気になって復縁を迫られたくるみが放った一言。くるみも井口のことを想っているのに、いや、想っているからこそ出た言葉。
 このセリフを見たとき、脳天にズガーン!!と雷が落ちたようでした。よく漫画であるアレですよ。世紀の大発明を思いついた時などに出てくるアレです。
 いやあ、私だけじゃないんだ!と、ネガティブ選民思想から解き放たれた瞬間でした。
 
 真面目でまっすぐな井口に惹かれながらも、そんな井口が好きだからこそ、自分と繋げることができない。
 作中では、「人の気持ちはいつか離れてしまうから、それならばはじめからつながない!」とくるみは言っています。その考えに至る経緯は、ちょくちょく語られるくるみの過去から伺い知ることができます。
 愛する母を亡くし、再婚を決めた父親の姿。かつての不倫相手である高校時代の教師、宇津木先生の「妻を亡くして寂しい、また付き合わないか」という誘い。
 
 「愛は永遠じゃない」
 「人の気持ちは移ろうもの」
 
 くるみの心に刻まれた呪いのような、それ。自然体で人に愛される妹と自分を常に比較しながら、普通の感覚を抱くことができない自分に息苦しさを感じていたのでは。そして、かつて不倫をしていたという後ろめたさも相まって、くるみは自分を欠陥品と言ったのでは。
 
 発端となった経験や気持ちは異なれど、くるみの気持ちは痛いほどよくわかります。自分を好きになれないから、人を愛する自信がない。私のような自意識こじらせ系人間は、1巻で同じような感傷に浸ることと思います。
 しかし、この漫画のすごいところは傷を刺激し、感傷に浸らせるだけではなく、読者を成長させようとするところです。
 
 

「いつまでもコドクに酔ってる女には愛想ふりまく生き方なんかわかんないよ!私なんかこの街中のいろんな男に好かれるっていうのに自分が本当に好きになった人には好かれなかったんだから!まーくんにフラれたんだから!」
                  澤ここみ 繋がる個体2巻 P144

 


 
 二度目の雷が、私の脳天に突き刺さりました。同時に、私は自分を恥じました。

 1巻の感傷を吹き飛ばして、横っ面をはたいて、おまけに冷水をぶっかけるように鮮烈なこのセリフ。生ぬるい布団でいつまでもぬくぬくやっているいい年こいた女を、冬の早朝に引っ張り出すような衝撃。

 実際は見開き1ページを使って描写されています。このシーンがこの作品の目玉になっていることは言うまでもないと思います。
 
 愛することの痛みを恐れ背を向けるのがくるみなら、愛されないことを恐れて努力するのがここみ(ココ)です。


 後者の方が、どれだけ辛いだろう。


 このココの発言を踏まえて、1巻の井口に対する猛アタックを読み返すと、ただの今時女子高生とは違う姿が見えてきます。

 誰からも愛され、かつ愛されないことを恐れるココが、唯一愛されなかった男。そして、初めて本当の意味で好きになった男。


 「コドク」に酔いつつ、ココのような愛くるしいふるまいはできないと横目でみつつ、くるみに代表される自意識こじらせ系女子は誰に降りろと言われた訳でもないのに、自ら舞台を降ります。悲しそうに、寂しそうに、申し訳なさそうに背を丸めて。まるで、空き缶を投げつけてくれよと言わんばかりに。
 しかし、心の底では、愛されたいという願望を捨てきれずにいるのです。それは、見方によっては押しつけがましく映るでしょう。というか、押しつけがましいと私自身も思います。


 その子狡さを見事に言い当てたココのセリフ、その汚い部分をえぐり取って目の前に見せつけるようなココのセリフ。しかし、それでいてどこか勇気づけるような暖かさを感じます。
 
 「こんなめんどくさい お姉ちゃんがいいんだってさ!」
 ココはそんな人たちに向けて、「逃げるなー!」と叫び続けます。投げつけてたまるか、と空き缶を握りつぶして。後ろ手で旗を振りながら、声を振り絞って。
 
 
 「好きな人に好かれる」それは奇跡のようなことです。
 どんなに可能性が無くても、望み薄でも、それを掴み取ろうとなりふり構わずもがいたココ。

 一度ならず、二度までも背を背けたにも関わらず、それを与えられたくるみ。
 「好きな人に好かれててむかつく!」とあっかんべーをしたココの姿に、だれもが人を好きになろうと背中を押されるはずです。